もともと地理学は長い間、他の「系統科学」と異なり、地理学の外にある系統諸科学の理論を適宜借用してきてフィールドでその実証を行うという、例外的な方法をもっていた。「地誌」と呼ばれるこの方法は、地理学が学校で「地理」を担当する教員市場を確保していたころには、たしかに意味がないわけではなかった。高校の地理教育の中身は、いろいろな学問分野の成果を寄せ集めて地域のさまざまの様子を生徒に教えるというのが一般的だった。このような高校までの地理教育にももちろん意義がまったくないわけではなかろうが、これと学問としての地理学とを混同するところに、そもそもボタンの掛け違いがある。しかも、少子化が進み、大学改革が叫ばれ、教員養成課程の大規模なリストラがすすんでいるというのに、経済地理学会では、こうした「借り物競争」の発想がますます強まっていることがわかる。報告のいちばん最後を、地理教育について語って締めくくっていることは、このあたりの状況を象徴しているようだ。
この報告は引き続き、「転換期の産業立地政策」などとして、さまざまの国や自治体の政策や、公的諸機関が行ったアンケート調査を借りてきて紹介する。そして、いくつものフィールドでの個別事例(こちらにはさすがにいく人かの地理学者がかかわっている)が紹介される。だが報告を全体としてみると、そこに、全体を貫く経済地理学理論の独自の赤い糸は見出しがたい。あえて探せば、結論に書いてある「日本の機械工業は……大都市工業地域を中心とする広域の関係圏の内部で集積地間ネットワークを作り出している」という指摘であるが、これではせいぜい常識論のレベルで、とうてい専門研究者が真剣にうちたてた理論とはいえない。
経営学者であれだれであれ、自分の学問分野の成果を借りてその二番煎じを地域でやっているに過ぎないようなヨソの学会の「成果」を一生懸命探索し、そこから何かを学んでやろうと考える人はまずいまい。どの学問の研究者も、それほど暇ではないし、また慈善心に富んでもいない。なによりマイケル・ポーター自身、競争戦略について、「Strategy is the creation of a unique and valuable position, involving a different set of activities」と述べているのである。いったいこの報告が表象している経済地理学を、どのようにuniqueでvaluableだと主張したいのだろうか? 諸学問間のこうした「競争的環境」を前提として考えるなら、経済地理が「腹立たしいまでに無視され」るのは、必然的な因果応報というものではないだろうか。
ではいったい、こうした「例外主義」が頭をもたげている経済地理学会は、どう、今後の自らの活路を見出そうとしているのか。
この学会報告は、1997年にだされた「特定産業集積の活性化に関する臨時措置法」という新政策を持ち出してそれを肯定的に評価し、全体を結んでいる。たしかに、「地域構造」学派の領袖で政府国土審議会委員を務める新しい経済地理学会会長じきじきのお手本どおり、わが国の経済地理学者は最近、政府や自治体の政策にかかわる審議会等に御座敷がかかり、重宝がられるようになってきた。本来の学問の内部で「なぜここまで無視されるのか」と腹を立てた日本の経済地理学者に、待ち焦がれた「渡りに船」が、学問の外で、こうして政府や自治体から差しのべられたのである。だが、独自の理論の堅固な中身を持たず、自らの学問の言葉で発言できない経済地理学者は、この「船」に乗って何をしようというのだろうか……。 地理学者は、「環境の学」を自任しながら、2005年の愛知万博に群がることには長けていたが、いまや国際的な批判を集めるに至ったこの万博計画が海上の森の環境を破壊することについては、なにひとつ批判の声をあげようとしなかった。このことからすれば、この問いに対する答えは、ここにあえて書くまでもあるまい。
視野を世界に広げてみよう。合衆国においても、クルーグマンやポーターの登場は、経済地理学者の間に関心を呼び起こしている。しかし、これに対する反応は、両国で正反対だ。
日本では「近年地理学以外の学問分野から経済地理学に注目が集まっている……/『経済地理学の再発見』を世に知らしめた功労者は,クルーグマンや藤田昌久、ポーターといった経済学・経営学者たちである」と「御託宣」を得てそれを「新経済地理学」などと神社のお札のように奉り、この動きに「積極的に対応」などとすっかり借り物競争に舞い上がって(『人文地理』52巻3号,2000年、29-30ページ)、「creation of a unique and valuable position」のために必要な、主体的理論構築を忘れてしまった。
他方、合衆国では、クルーグマンやポーターの登場により、経済地理学が伝統的に扱ってきた研究分野の足場が掘り崩され、自らの学問の相対的位置が沈下してゆくのではないか、という危機感がむしろ惹き起こされてきている。学問の「縄張り」的発想はいただけないが、合衆国の経済地理学が、諸科学の競争的環境の中で、いったん「借り物競争」をしてしまえば独自の学問主体としてヨソの学問分野から無視されてしまうことになるという認識をもっているとしたら、それは立派なことと率直に評価してよいだろう。
そもそも、半世紀近くも前に、『Annals of the Association of American Geographers』に掲載されたシェーファーの論文によって、英語圏では古い地誌学の「例外主義」的な方法論が根本的に清算され、社会・経済地理学は、物理学や経済学などと同様、「借り物」ではない自前の空間編成理論という学問を目指す方向へと、大きく転換していた。危機感におそわれて、合衆国の経済地理学界の一部には、旧来の「例外主義」に再び逃げ込もうとする動きもなくはないようであるが、多くのチャレンジングな研究者は、クルーグマンやポーターという新古典派経済学や経営学から吹いてきた嵐に立ち向かい、文化の商品化など新しい研究アジェンダに取り組んで、経済地理学をより広い対象領域の上に再構築するアプローチ、そして、クルーグマンやポーターでは浅い空間編成と生産様式にかかわる理論をさらに深めるアプローチ、などに積極的に取り組んでいる。そしてその中から、いま、社会・経済地理学独自の空間理論をふまえ、こんにちの新保守主義下でのグローバルな産業展開がもたらすさまざまの状況を、曲学阿世ではなく、社会科学の立場から批判的に究明する、ICGGやEARCAGなど新しい研究集団のうねりが、グローバルに起こりつつある。
もともと、英語圏の社会・経済地理学は、「無視」どころか、隣接社会諸科学の研究者に大きく評価されていた。工業集積論で大きな理論的成果をあげたアメリカの経済地理学者スコットの理論はレギュラシオン理論に取り入れられ、また、社会学者と地理学者の間には、緊密な(もちろん対等・平等の)共同研究の基盤が作り出されている。いま日本にも、クルーグマンらの登場によってかき立てられた経済地理学への高まる関心、そしてこうした社会・経済地理学理論の最前線が、海外から地理学以外の日本の社会諸科学へ、次々と直接に伝わってきている。日本の経済地理学会の頭上は、残念ながら素通りだ。
この経済地理学会報告者は、いったい、こちらのほうの「無視」には「腹立たしく」ならなかったのだろうか??? 「借り物競争」の日本の経済地理学会は、「経営学」からだけでなく、こうした世界的な学問潮流からもますます無視されてゆくばかりというのに……。1999年5月の総会において、日本の経済地理学会は、1954年以来の批判地理学の制度としての伝統をかなぐり捨て、グローバルに展開する批判的な社会・経済地理学研究の流れのなかで自前の学問の言葉で社会と空間を語るという、本来の学問発展への活路をみずからすすんで断ち切った。
この学会は、今後どのような行く末をたどろうとしているのか。総会と同じ日に行われたこの大会報告と討論は、この点をかなりわれわれに、正直に示してくれたようである。