これは、5月23日の経済地理学会総会を傍聴した記者から、
電子メイルで寄せられたメッセージです。
Web上での公開を了解いただきましたので、ここにご紹介致します。

 

 2005年に愛知県瀬戸市で開催される国際博覧会には12のサブテーマがある。その1つが「情報の森」というサブテーマで、地理学の成果を展示内容の一部にするという。博覧会協会の公式文書はこのサブテーマについて「地理学の考え方が大きく変わろうとしている。国境を中心に考えられていた地球の地理が生命と情報の二つの圏域からつくられる新しい地理学に変わろうとしている。新しい地理学がわくわくする好奇心に向かって提示されていきます」(「自然の叡智への12のアプローチ」199812月)と解説している。

 12のサブテーマの中で、地理学をテーマにする「情報の森」だけが異質でわかりにくい。他のサブテーマは、子供を森に呼び戻す「学びと遊びの森」、自然破壊と再生のシナリオを示す「廃墟の森」など、メーンテーマの「自然の叡智」に沿った内容となっている。

 「情報の森」がサブテーマに選ばれたのは、国家プロジェクトの2005年博覧会にさまざまな形で地理学者が群がった賜物である。地理学を世間に認知させるいい機会にはなる。しかし、テーマづくりにかかわった学識経験者に「情報の森」で具体的に何を展開するのか質問すると、「環境情報などを地図化する」などとチンプンカンプンな答えしか返ってこない。地理学をサブテーマに押し込んだ功績は認められるが、それだけで専門家としての役割を果たしているとは言えない。博覧会の開催内容に本質的な影響は何も与えていない。

 博覧会に限らず、国家プロジェクトに多くの地理学者が審議会の委員などとして参画するようになった。新しい全国総合開発、首都機能移転などで地理学者が起用されている。自治体レベルでも再開発計画など多種多様な審議会、委員会に名を連ねている。しかし、博覧会の例のように責任を果たせないどころか、当局の権威付けに利用されている面がある。新しい全国総合開発、首都機能移転などのプロジェクトにはさまざまな見方がある。国家プロジェクトの影響は大きいだけに、権威付けに利用されているとしたら責任が重い。

 このように、地理学者が大きな流れに飲み込まれようとしている。政界の自自公連立、経済界では企業トップが同じことを言うようになっている。この国の大政翼賛会の一部に地理学者まで組み入れられたようだ。

 こうした中、学会の大政翼賛会化の促進が懸念される出来事があった。経済地理学会は99523日、名古屋市内で総会を開き会則改定を決定した。役員選出方法を事実上の直接選挙から、評議員の話し合いを含めた互選で選ぶ方法へ変更した。評議員は直接選挙で選ばれるが、評議員になっただけでは運営にかかわれず、透明性の低い互選で代表幹事、常任幹事に選ばれる必要がある。多数の得票を得た人が必ずしも運営に携われるわけでない。

 改定を提案したのは代表幹事ら執行部の中枢で、提案者側は「実際に運営にかかわってくれる人を選ばないと支障がでる」との趣旨の提案理由を説明した。どんな団体でも事情は似たりよったりで、執行部はボランティアのようなところがある。この説明は理解できないことはない。しかし、社会の保守化が目立つ状況であればこそ、多少の手間暇をかけても、少数意見が排除されず民主的な学会運営を確保できる仕組みを守るべきである。

 総会でもこの提案理由に対し、「改定により学会運営に多くの意見が反映されなくなる恐れがあり、改訂案の文面を正確に説明してほしい」などと異議があった。しかし、提案者側は異議を申し立てた会員に対し「あなたとはこの件でこれまでも議論している」「文面は読んで字のごとし」などと反論には直接答えず、大多数の総会参加者に十分な質疑が示されなかった。

 総会は3時間に及び、激しいやり取りがあった。だが、たんに長い時間を費やしただけで、総会の場で問題点について議論が出尽くしくしたとはとても言えない印象を持った。異議を申し立てた中心は幹事でもある一橋大学教授の水岡不二雄さんだったが、「水岡さんは幹事だから総会ではこれを支持すべき立場のはずで、この場で反対するのはいかがなものか」「幹事会でも水岡さんの発言時間が多かった」と、個人批判で反論をかわすような発言さえあった。

 もう1つ奇異に感じたのは、改定の問題点をはっきり指摘したのが水岡さんら一部の会員にすぎなかったことだ。水岡さんの指摘に、「その通り」とのささやきも会場でもれていたが、発言にはならなかった。採決の際、投票用紙を委員が会場に配ろうとすると、投票でなく挙手で採決を求める声が改定支持派からあがり、結局挙手採決となったという。これでは、誰が反対者か公然と分かってしまう。こうした学会の雰囲気では、執行部提案に反対するにはよほどの勇気がいるだろう。

 今回の改定を学会の大政翼賛会化と結び付ける見方に対し、「思い込みすぎ」との声もあるだろう。だが、多くの研究者が批判を忘れ御用学者に成り下がる現状では、今回の改定の影響が懸念される。

(東海地区在住のジャーナリスト)

 


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