工業省が発行した工業政策(1999) の紹介

ダッカにあるューマーケットと呼ばれる、比較的近代的なショッピングセンターの本屋で工業省発行の工業政策(INDUSTRIAL POLICY 1999)を買うことができた。以下に紹介する。

第1章 イントロダクション
「建国の父、ムジブル・ラーマンの夢であった、農業と工業の近代化による強固な経済基盤作りを、いまなお国家が実現しようとしている」、という文で始まる。入代替工業と国家による強い規制に特徴付けられる以前の工業政策は、輸出指向型、市場を向いた政策へと移行してきた。そこで、経済を軌道に乗せるために、明確な方向性を持つ目標、明確で不変な政策、法律による承認を得た、政府と民間セクターの相互作用を含めた効果的な実行様式に基づく工業政策、ならびに必要に応じて修正をするための監視システムの必要性を説いている。
 将来の工業発展のビジョンは、製造業がGDPの25%を占め、それらは輸出において競争力を強める、というものである。対外的に比較優位を持つな条件としては、技能向上と生産性の増大ができる、労働集約的工業があげられている。だからといってハイテク工業に競争力をもつことを排除するわけではないとし、また、小規模工業も重要な要素だとしている。

第2章 目標
工業投資のレベルを上げ、生産基盤を拡大する、等の、非常に抽象的な内容である。
特徴的なのは、前半の項目の多くは資の促進」についてであるということである。海外投資を促進し、国内の工業を活性化させ、輸出指向型・輸入代替型両方の工業を育成する、ということが挙げられている。後半は、環境にやさしい工業を目指す、女性の雇用を促進する、適切な方法と刺激によるバランスのとれた工業発達、などとなっている。これも、抽象的・一般的な目標にとどまっている。

第3章 海外戦略
外投資促進のため、規制緩和、企業の民営化、資本市場の発達などが挙げられている。海外投資は工業発達にとって最も重要な位置を占めているようだ。海外投資による技術移転、技術発達、経営やマーケティングのノウハウの移転にも大きな期待をしている。しかし、他方で国内工業の保護も強調されている。国内産業保護はWTO憲章にも一致し、正当化されるとする。国内工業への援助に関しては、製造業ばかりでなく、コッテージインダストリーや小規模工業への支援、農業に対するインフラ整備が重要とされている。輸出指向型工業が特に支援を受けられる。その他、下請業務を含めた付加価値関連工業の成長、人材教育、地域間協力、政府と工業界の相互作用、長期間の貸し付けやベンチャーキャピタルの必要性、近隣地域・諸国とのジョイントベンチャーの拡大、工業省のMIS(経営情報システム)を県レベルに配置、貿易問題の議論に関する決議のための行政法による支援、貿易や工業に対するアドバイス供給を目的とした、私企業に関する大臣諮問委員会( Prime Minister's Council of Private Enterprise)の設立などが挙げられている。

第4章 工業の定義
工業の定義が書かれている。「製造業」の定義を、「修復や再調整のみならず、全ての生産、加工、組み立て活動を含む」としている。「大規模工業」は100人以上の被雇用者と3億タカ(約6億円)以上の資本金、「中規模工業」は、50〜99人の被雇用者と1億〜3億タカの資本金、「小規模工業」は、50人以下の被雇用者と1億タカ以下の資本金の企業とされる。「コッテージインダストリー」は、家族単位の工業とされる。「指定工業」は、公的援助を行政命令により受ける工業を指す。武器・弾薬など防衛装備・機会工業、植林・伐採業、原子力生産、証券印刷、貨幣鋳造が指定されている。「推進セクター」は、政府により特別の支援を受ける工業活動をさす。農業基盤工業、造花生産、コンピューターソフトウェア・IT、エレクトロニクス、冷凍食品、花作り、インフラ、贈答品、ジュート製品、宝石・ダイヤモンドのカッティングと研磨、革製品、石油とガス、養蚕と絹工業、ぬいぐるみ、織物、観光業が挙げられている。

第5章 公的機関の援助
間セクターが工業発展の主役だとする。 次に、投資に関する骨組みに関する政策が書かれている。
新工業を始めるにあたって、特別な許可は必要無い。ただし、海外からの投資は登録しなければならない。財務省は、電力、ガス、水、排水、電話線の受領に関して時間制限を決定するようにする。このようなものが挙げられる。
また、民間セクターにも、輸出加工区(EPZ)や工業団地を設置することが認められている。 公的な輸出加工区内の工業と同じ設備を使用できる。

第6章 民営化と国営企業の改革
民営化の政策は引き継がれる。公的な投資は「指定工業」に限定される。国営企業は将来的に自立して操業し、私企業を補い、また競争することになる。政府は正しい方策により経営を改良し、また海外協力者や投資家を誘致し、技術協力や経営契約をすることにより工業の競争力をつけさせる。また、州所有の企業は、公的投資を引き上げ、従業員に株を所有させる(EOSP=Employee Owned Stock Programme)ことができる。

第7章 財政の刺激
同種の工業について、民間セクター・公共セクター間の関税、税金の差別は無い。また、会社の立地によって、5年または7年の税金免除期間が与えられる。それが与えられない企業も、減価償却に関する控除は受けられる。ダッカ、ナラヤゴンジュ、チッタゴン、クルナから10マイル以内で操業する場合は、機械や工場の費用の100%、それ以外の地域の場合は初年度が80%、2年目には20%の控除が認められる。
輸入資本機械についての関税割引は、発展地域と発展途上地域で異なっている。発展途上地域においては、工業企業家に対し、公正な発展に対する基盤が考慮されている。 輸入された原料、中間生産物の投入、完成品に関しては、順に異なる関税の構造がある。また、不正な競争の防止のため、関税は正当化される。
EPZ以外の民間セクターの企業、合弁企業、EPZ内のローカル工業単位は、投資委員会の承認の元で、海外の借り手と共に供給者のクレジットやその他の外貨融資を受けることができる。EPZ内の100%外資の企業は、承認なしに自由に海外から借り入れができる。返済の海外送金も自由である。バングラデシュ銀行の承認も必要がない。 企業家が自らの土地に新会社を建設する、あるいは既存の企業の所有者を変えずに株式会社にする場合、移転税や資本利得税の支払いは必要ない。

第8章 工業の労資関係
生産性指向の工業を発達のために、既存の法律、労働法委員会やILOの勧告をもとに、労働関係に関する法的骨組みをつくる。被雇用者、雇用者、政府を含めた3部門より成る協議が行われる。3部門委員会、国家生産性委員会といった国家的機関も政策にかかわる。原則として、賃金に関する団体交渉や労働組織などは、各企業レベルに任せる。女性の労働環境に関する法的対策は、各企業レベルにおいて重視されるとしている。

第9章 小規模・コッテージインダストリー
バングラデシュ小規模及びコッテージインダストリー公社(Bangladesh Small and Cottage Industries Corporation)が責任を持ち、特別な貸し出し限度額の取り決め、BSCIC区画内の土地の割り当て、女性や、失業中の若者、職人、帰還した移民労働者、土地無しの人々に重きを置いた企業発展プログラムの組織、インフラ設備拡大の監督、市場発展の援助、工業単位の登録とサブセクターの監視などを行う。また、インフラ設備の増設、下請業務のアレンジによるSCIsの工業単位と会社部門との結びつきの促進なども行う。さらに、小規模工業貸付保証計画も考えられている。

第10章 輸出指向型・輸出関連工業
製造業製品の80%以上を輸出する工業、あるいは製品の80%以上を完成された輸出向け製品に貢献させる工業、80%以上の、IT関連製品を含めたサービスを輸出するビジネスが輸出指向型工業として考えられている。 また、輸出指向型工業への投資を促すため、輸入資本機械の価値の10%までを関税無しにする政策の継続、関税控除を均一の率にして簡素化、国産原料を使用することに対する便宜供与、手工業品やコテージインダストリーの輸出利益に対する免税、その他の工業には50%の割引、等の政策がとられている。また、関税と税金の支払いに際し、EPZに位置する企業の製品の10%は、外貨信用状に基づいて国内関税地域に輸出できる。また、EPZ外の100%輸出指向型工業は、関税と税金の支払いに際し、国内市場に製品の20%を販売することができるとしている。

第11章 海外投資
海外投資は、今まで見たとおり、相当重視している。 海外投資家には、規制をなくすという姿勢が取られている。ただし、証券取引所を通して株を購入せねばならない、資本の借り入れを地元の銀行から受ける、等の規制も考えている。 資本の本国への送還も認めている。バングラデシュで雇われた外国人は、給料の50%までを送ることができ、貯蓄や退職金は全額送金できる。海外技術者・投資者に対するビザの発行も容易に行われる。

第12章 投資委員会
1989年に発足した経済委員会(BOI)の主な役割は、資促進活動であり、具体的には、設備供給、工業プロジェクトの登録業務、特許使用料、技術ノウハウ料等の支払いの認可、労働許可証の発行、規定値を超える海外個人ローンと供給者クレジットの期間と状態の認可、工業目的の工業用地の割当て、海外投資に関する争いの調停、インフラ普及のアドバイス等の業務を行う。また、投資者に対して「ワンストップサービス」(海外からの投資による企業が、1箇所の窓口を訪れるだけで、工場の設置と創業に必要なすべての手続を効率的に済ますことができる仕組み)を特に以下の部門に関して拡大する。それは、電気・ガス接続、水・下水接続、電話設備、輸入する機械・スペア部品・原料の関税手続き、環境局からの許可、その他工業の迅速な設置と操業に必要な設備とサービスという部門である。 これらの意思決定機能は、BOIの「One Stop Service Centre」におかれている。

第13章 輸出加工区
1980年より、輸出指向型工業の確立支援の為に、輸出加工区(EPZ)の建設が行われ、インフラ整備が供給された。1996年には民間が輸出加工区を設置することも認められるようになった。 EPZは3つのタイプに分けられる。A=100%外資によるもの B=海外投資家と国内投資家が国内に住み、合弁企業を作っているもの。C=100%国内投資家による投資によるもの。また、EPZ内の工業に与えられるものとしては、以下のものが挙げられる。所得税の10年間の免除、それ以降は輸出利益に対して半額免除、製品加工に使用する輸入品輸入の関税免除、3年間の外国人技術者の給料に対する税免除、海外ローンの利子への税金免除、特許使用料・技術使用料等に対する税の免除、証券取引所上場海外企業による株譲渡益の税免除、海外からEPZへの生産単位の移転、などが挙げられている。

第14章 工業技術
この章は、「技術の変革と進歩」「コスト効率の良い技術」「進んだ経営と生産技術の結びつき」といった抽象的な語句が最初に並ぶ。具体的には、輸入され、採用された、そして国内の技術許可付与手順の簡素化、公認のR&D経費に関して税金はかけない、大学、研究施設、工業界が効果的に結びつき、研究結果を広めるようになる、などが挙げられている。

第15章 制度的支援
小企業の大企業下請業務の推進、国家生産性組織による労働者・技術者の技能向上の援助、ISO証明の取得を推進するなど、Bangladesh Standard and Testing Institution が行う製品の品質維持活動、BOI、BEPZA、BSCICによる投資カウンセリングと経営トレーニング、ISO−14000の取得をすすめるなどの環境汚染のコントロール、資本市場の健全で市場責任による発展、工業に多大な貢献をした者への大臣メダルの表彰、などを行う。

第16章 履行、監視、見なおし
工業政策1999は、全ての政府機関が義務的に従うものであり、厳しく実行され、それは常に監視され、グローバル、国内的、あるいは経済的発展に従い、最新のものに変えていく、と明記されている。また、そのために、必要であればあたらしい法秩序、新しい制度を作るとしている。 工業政策を実行するための特別なアクションは、「投資促進活動」の公式化と立法、以前の法律と工業政策1999との整合性を保つこと、仲裁法、商標法、特許・意匠法の近代化、などである。 この政策を具体化させたアクションプランも用意される。これは、投資機会の戦略的分野を強調したものとなっている。やはり、実際の行動においては投資が重要な要素を占めることが分かる。 そして、この政策を実行するための諮問メカニズム(財政大臣、商業大臣他)がかかれている。

筆者のまとめ
以上、工業政策を眺めてみた。プラン段階では非常に近代的のように見えるが、結局、他のバングラデシュのもう一つ上のレベルの1人当たりGNPをもつ途上国でやっている産業政策の定食メニューの羅列という感じもある。例えば、バングラデシュで盛んなNGOとの連携、あるいはバングラデシュでいぜん大きな比率を占める農業を環境にやさしい有機農業にしてこれを農産加工するといった、巡検中ないしゼミにおいてわれわれが議論した視点すらない。4章において、「製造業」の定義を、「修復や再調整のみならず、全ての生産、加工、組み立て活動を含む」としているところより、バングラデシュにおける製造業は、海外から輸入した製品を国内向けに調整し、あるいはアフターケアをすることが中心となっているということが読み取れ、工業はまだまだ初期段階であるようだ。このような状態のもとでは、これらの近代的な工業政策が実現可能かどうかには疑問の余地が残る。

最近の、グローバルな新保守主義化の流れに沿って、営化・規制緩和が大きく強調されていることも目につく。6章の民営化政策は、国営企業を民営化した上で政府が援助するという、先進国の民営化政策をそのままコピーしているようなものといえるだろう。また、7章に見られる、外直接投資により設立された企業に対する優遇措置なども、途上国で一般的に行われる政策である。

こうしたグローバルに均質化された政策によって、海外の投資だのみで工業発展の基盤として、現在の縫製業のような、安い労働力を生かした製造業中心に、グローバルな新国際分業体系の末端に自分の身を置こうということのようだ。輸出は海外資本に頼り、国内工業は保護するという姿勢が見て取れる。ハイテク産業は、「推進セクター」に入れられてはいるものの、政策の中ではあまり触れられていないのが現状である。

投資は漸進的に拡大していくとは思うが、今日の新国際分業の枠組みにおいて、アジア各国が競争しあっているという状況のもとでは、インフラ整備が十分に進んでいるとはいえず、また「政情不安」「腐敗した政権」という対外イメージをぬぐいきれていない。しかし一方では、穴一つなく完全舗装で整備された幹線道路など、他の同程度の1人あたりGNPの国に比べ、それなりにインフラはあるともいえる。今後は、これらの政策が、単に目標という形で終わることなく、政府のリーダーシップのもとで確実に実現されることが、海外投資を拡大する上で重要になってくるであろう。

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