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水岡不二雄 |
1951年1月生まれ。私にとっての学問の出発点は、やはり高校までの「地理」体験でしょう。「所変われば品変わる」各地の情報。これを空間の広がりの上に描き出した地図。そして空間のひろがりを移動する行為を楽しむ旅行や鉄道、登山など・・・。私も小さなころからこうしたものが好きでした。歴史が好きな人は、「時間」の軸で社会を見ようとする。それに対して地理が好きな人は、「空間」の軸で社会を見ようとするのでしょう。1982年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得後、アメリカ合衆国に留学、クラーク大学地理学部よりPh.D.(博士)の学位を1986年に取得しました。
1979年から1981年まで香港大学文学部地理及地質学系で教鞭をとり、1987年から、一橋大学経済学部助教授、1992年から同教授です。趣味としては、最近スキーも少し始めました。
専攻は経済地理学です。現在関心を持っているテーマは、まず理論として空間編成論で、経済・社会に素材的な空間が包摂されたことによって生ずる空間諸過程と、そこに潜む弁証法を研究の対象とします。フィールドとしては、香港のイギリス植民地支配における空間の契機に関心を持っています。いま、経済地理学はどのような研究課題を持っているか、空間編成論に引き付けて、ひとこと述べてみましょう。
経済・社会の「グローバル化、国際化」がいたるところで語られています。では、グローバル化によって、世界中がどこでも均質になり、個々の地域が持つ異質性(ロカリティ)はなくなってしまうのでしょうか?
経済地理学は、経済・社会に「空間」を取り入れるところから、この問に答えます。一般に、社会・経済理論では、空間が捨象されています。ちょうど、人間と人間との関係の過程が小さな一点で進行し、針の頭に経済や社会がある、と考えるようなものです。ところがグローバル化は、それと正反対です。経済や社会をいっそう広い空間にまたがって展開させます。だから、「グローバル化」の問題は、空間を考えに取り入れる(「包摂する」といいます)ことなしに論じられないのです。
空間を経済・社会理論に包摂した空間編成論は、グローバル化がどのようにして経済や社会活動が展開する場所的な不均等性を生産するか、その過程を説明します。この説明から、グローバル化が、実は各々の「場所 place」がもつロカリティの異質性をむしろ拡大させ、新たに生産してきていることがわかります。この説明を通じて、地理が扱ってきた場所ごとの異質性は、単なる記述だけでなく、説明の対象となるのです。
この、空間と経済・空間と社会との関係についてもっと関心をおもちの方は、私の著書や、私が中心になってまとめた訳書をご覧ください。著書として『経済・社会の地理学』(有斐閣アルマ、編著)、『経済地理学』(青木書店刊、1992年)、また訳書としてハーヴェイ著『空間編成の経済理論』(大明堂刊、1989、1990年)、同『都市の資本論』(青木書店刊、1991年)、スコット著『メトロポリス』(古今書院刊、1996年)があります。
もう一つの研究テーマである香港については、『もっと知りたい中国(3)――香港・マカオ』(青木書店刊、1996年)のなかの私が書いた章に、空間、そして工業化・教育と関わった英国による植民地政策をフローチャートにしてまとめてあります。また、少し専門的ですが、拙稿「香港の英国人植民地支配と空間の包摂」『経済学研究』(一橋大学)34号、1994年 は、このうち特に空間を中心に、実証的に解明したものです。
どうしたら地理学は、中学や高校の授業のような「暗記物」でなく、「場所ごとの異質性・不均等性」を説明できる学問になりうるのか。「都市」や「地域」を所与とするのでなく、どうしたら、その成立を説明できるだろうか――私はそれを、研究しながら常に考え続けました。その私なりの答えが、上に挙げた著書や訳書です。
このページにアクセスされた方が、新しい「空間編成の生産を説明する学問」としての経済地理学への扉を開き、また「空間編成論」という新しい眼で経済や社会を読み解いてゆくことに関心を持ち、そしてさらには一橋大学での経済地理学の教育・研究に興味を持っていただければ幸いです。