午前中のシンポジウムは「日本経済の再生と地域経済構造」というテーマの報告が行われた。

日本経済は、たしかに、戦後もっとも深刻な危機にあり、ドラスティックな「日本経済の再生」が迫られていることは、まちがいない。これをどのような方向で転換して行くのか。厳しい競争・リストラの嵐で国民に犠牲を強いる新保守主義・企業主義的介入neo-liberalismの方向か、あるいは最近小渕内閣の方向としてとみに顕著になってきたように、公明党を抱き込み「ケインズ主義」を口実に国債を乱発し将来の世代に負担を負わせるかたちで旧来の保守の利権構造を温存するのか。それとも、第3のオルタナティブな改革への道がありうるのか。およそ社会科学者ならば、われわれの日本が直面するこの現代経済の課題に、無関心であり得ようはずがない。「空間」と「経済・社会」との関係を探究する経済地理学とて、むろんその例外ではない。

午前中の報告は、若手の経済地理学者の報告が3本、ゲストからの報告が1本の計4本であった。若手に報告させ、若手を養成する意図だったのだろうか。これもひとつの考え方かもしれない。しかし、これは年1回の、しかも「日本経済の再生」という、経済地理学に現代経済がつきつける根本問題に取り組むテーマの大会である。ここに、経済地理学会の流れを長年にわたり形作り、より研究蓄積が豊富な研究者が報告しないというのは、一体どういうわけだろうか。年齢が高い人は多くても、このテーマで学会には研究蓄積が豊富な人材がいないのだろうか。いや、実は、年齢の高い方の報告が1本だけあった。しかしその方は、経済地理学者ではなく、農業経済学者である。こう考えると、案外、今回の大会報告者のライナップは、日本の経済地理学会の研究水準を正直にあらわしていたのかもしれない。「危機」なのは、どうやら日本経済そのものだけではないらしい。

では、その「頼みの綱」、若手の報告の内容は、いかなるものだったか。既存の枠を打ち破る若若しく鋭いチャレンジ精神の刃先が光っていたか。だが、出された報告は、どれもよくいって常識的、もう少し厳しく言えば若くしてもはや年寄の趣で、グローバルに展開する批判的地理学が提示する論点と切り結びつつ「日本経済の再生」めがけ自らのクリエイティブな論点を挑戦的に提示する独創的問題意識は、ほとんど感じ取れなかった。強いてあげれば、パソコンディスプレイを多用して、小規模農産地と小規模市場との結合を説いた荒木報告に多少の興味が感じられたが、これとて、実現のための経済的・社会的条件について十分な分析がなく、単なる思いつきの提言にとどまっている印象だった。

午前中のシンポジウム報告は、半世紀近く前、批判的地理学の学会として出発した経済地理学会を今おおっている、批判的問題意識のみじめな欠如、そしてそれに代わる既存のパラダイムと既存の体制へのいっそうの拘泥、という危機を象徴するように終わった。




閉ざされた総会−録音を認めず



午前中のシンポジウム報告の終了が遅れたために、昼食時間が短くなった。だが、食事をとりながらでもかまわないので、12時半から総会を始めたい、と大会運営者からの知らせがあり、1230分に、当初の予定通り、竹内啓一会長(駒沢大)によって、総会の開会が宣告された。

開会後、民主主義について、見逃すことができない事態が起った。会則改定案と役員選出規定についての審議に移る前に、フロアの長岡顕会員(明治大)が、議場内でテープに議事を録音することにつき、「総会で選出された書記に対する侮辱である」というわけのわからない理由で、参加者がテープレコーダーによる記録をしないよう要求した。これは、本総会を、「公式」の会議録という「大本営発表」としてのみ残し、オルタナティブな立場からの記録が残ることを許容しない姿勢である。総会での発言は、どれも公式である。個人の茶飲み話とは違う。当然、総会に出席できなかった会員にも、その事実がありのままにテープを通じて知らされてしかるべきである。日本という国の民主主義の程度は、それほど世界に誇れるものかどうかわからないが、それでもNHKには国会中継というものがあり、国会での発言も、居眠りする代議士の姿も、ありのまま国民の目にさらされる。

議長の山川氏は、これを受け、テープ録音をしないよう会場の会員に求めた。こうして、総会という公的な場における自由な情報の収集と公開の権利は、否定された。どうやら、経済地理学会における民主主義の程度は、自民党が政権を握る国会より下であるらしい。もちろん、テープ録音は禁じられても、記憶は禁じることができない。この記録は、こうした自由な情報収集の権利の抑圧に抗して残された、今回の経済地理学会総会についての「もう一つの報告」である。




緊急動議「拙速に審議せず次総会に持ち越すべき」



総会ではまず、定足数の確認がおこなわれ、総会が成立していることが確認された。

ついで、議長の選出、書記の委嘱が行なわれた。議長を提案するため手を挙げたのは「地域構造研究会」で活躍した寺坂昭信会員(流通経済大)で、推薦されたのは、これも「地域構造研究会」の中心メンバーだった山川充夫会員(福島大学)である。この辺の進行が、事前に打ち合わせ済みなのはすぐにわかる。書記には、竹内裕一会員(千葉大)が委嘱された。

まず議長から、会則改定が提案される予定となっているので、「いつも以上に声を荒立てることもあるだろうが」という発言がなされ、議場の雰囲気は当初から険しいものとなった。

総会が始まってすぐ、議長が議題を確認した。

ここで、あらかじめ配布されていた総会の議案から会則改定案と役員選出規定の審議を外すように求める緊急動議が、青木外志夫元会長・名誉会員(一橋大名誉教授)と水岡不二雄会員(一橋大)の共同提案として提出された。その動議の内容は、青木名誉会員が、今回の事態を憂慮した経済地理学会会員有志よりなる「経済地理学会の初心を貫く有志の会」(事務局: 一橋大学東校舎経済地理学研究室)の主張を強く支持する、手書きの文書である。この青木教授の提言は、次のようなポスターとして大会会場に掲出されていた。なお、この青木元会長の提言には、前会長である石井素介会員(明治大名誉教授)も支持を与えていた。

 

 「有志の会」の文書、及び経済地理学会から送付されてきた「経済地理学会会則改定案(1997/99年度幹事会提案)」ほか3種の文書(「役員選出規定案」、「議論の経緯」、「幹事会案の補足説明」)を比較しつつ拝読しました。その結果、経済地理学会の在り方の根幹に関わる組織問題や役員選出問題について、大変な問題点があることがわかりました。こういう問題や問題点について、一般会員や名誉会員への情報開示が、今回送付されてきた文書も含めて、従来きわめて不充分であったことも、はっきりわかりました。幹事会は秘密会ではないのですから、さまざまな意見、討議内容、討議経過、組織検討委員会報告などを、一般会員・名誉会員にもよくわかるように詳細に文書化し、説明会を開き、場合によっては学会内公聴会を開いて会員の意見も反映してほしいとさえ思います。

 結論として、総会にトラブルを持ち込まないよう審議を十分に慎重につくすという経済地理学会の伝統と慣例にのっとり、会則改定案は総会議題からはずすべきだ、というのが私の強い意見です。したがって、「有志の会」の文書にある、「採決は来年の総会以降まで持ち越」すことに賛成いたします。

1999年5月15日

経済地理学会会長
経済地理学会名誉会員

青木 外志夫

この動議はセコンドされ、審議された。

これに対し、山本健児代表幹事(法政大)は、今回の会則改定案そのものの具体的内容には触れないまま、本規約改定が長い間懸案となってきたという一般論と、今年は役員選挙の年であり日程が迫っていること、などを強調した。しかし、なぜ本議題がこの総会で審議がなされなくてはならないのか、ということについてまともな討議がなされないまま、議長はいきなりこれを採決に持ち込もうとした。強い抗議が出されたが採決は強行され、その結果、同動議は否決された。これ以降、山川充夫議長は、論議をつくすことを軽視し、議案を通すことのみをめざす強引で専断的な議事運営を、総会終了まで一貫して続けた。山川氏がもし、真に民主主義的な地理学者であったならば、こうした行為は果たしてとれただろうか。いま、自己の行為に、一体どれだけの心の痛みを感じているだろうか。

議事は当初予定の昨年度活動報告に移り、これが拍手により承認された。

監査報告においては、昨年度支部費の支出明細がわからず、とりわけ、支部活動の強化が今会則改定のねらいのひとつでもあるとされているので、支部費の明確化を求めるとの意見を青野壽彦会員(中央大学)が付け加え、拍手により承認された。




民主主義を忘れた効率的「審議」



会則改定案の議事ではまず、山本代表幹事が会則改定案と役員選出規定の提案理由を説明した。

その趣旨は、連続して長期にわたり幹事を勤めている会員が多く、役員の多選を防ぎ人事の活性化をはかることが必要である、会務を実質的に担える場として役員組織を再編する、支部活動の強化をはかる、ということだった。また、これまでなかった役員選出規定を新たに設け、選出過程を明確化することも述べた。もちろん、これらの理由付けが、全く誤っているというわけではない。問題は、これが、青木元会長も指摘する「経済地理学会の在り方の根幹に関わる組織問題や役員選出問題について、大変な問題点」を引き起こさないのかどうか、どのような方策を採れば、これが引き起こされず、学会の民主主義が維持されるのか、という点である。これを、総会という場において、会員の叡智を集めて十分な審議しなくてはならない。こうした十分な審議がどの程度に実行されたかが、ポイントとなる。

山川議長が、以下の審議は、今回の提案に至った経過説明、会則改定案、役員選出規定案の順に議事進行を行うことを告げた。

まず、今回の会則改定をめぐる経緯について、山本代表幹事は、会則改定は1980年代からの20年来の懸案であり、これまで幹事会で審議がなされてきた、と述べた。これに対して、水岡会員は、「経済地理学会組織検討委員会」の石井素介会長(当時)への19921219日付け答申をとりあげた。これは、次のように述べられ、「幹事会及び幹事に関する現行会則は堅持する」と明記されている。

 

3.幹事会に関する答申

  1. 幹事会及び幹事に関する現行会則は堅持するものとしますが、運営上、幹事会の組織及び幹事選出に関する内規を整備することが望ましい。なお、その際、慣行を尊重しつつも、問題点を再検討し、改善することが望ましい

水岡会員は、この過去の審議の結果、学会幹事会のあり方については「堅持」という結論が出されて解決済みであること、また同答申によって問題の解決は「幹事会の組織及び幹事選出に関する内規を整備することが望ましい」と明記され、幹事会がもつ問題点を解決するやりかたは、会則を堅持した上で内規を作成することによって対処が方向付けられている、と指摘した。会則改定を行うならば、まずこの歴史的経緯を踏まえ、「経済地理学会組織検討委員会」答申をどう考えるか、十分議論を尽くした上でなくてはならないはずである。水岡会員はその上で、今回の改定案は、昨年(1998)10月の幹事会において、この答申を考慮しないまま突如として提案され、わずか2回の審議を経ただけで、19992月の幹事会で強行採決されたものであることを指摘、山本代表幹事のいう長期にわたる審議とは別物の拙速な提案である、と主張を行った。

これに対し山本代表幹事は、この指摘に正面から答えることなく、同答申が、「問題点を再検討し、改善することが望ましい」といっている個所のみを切り離してことさらに強調し、「現行会則を堅持する」「慣行を尊重」との答申の論点を全く無視する姿勢を示した。水岡会員は、この点を再度強調、説明し、こうした経緯で総会に提出された案は拙速である、と改めて指摘した。

これに対して、千葉立也会員(都留文科大)は、自らが代表幹事をしていたときに、問題についての私的なたたき台を提出したがそのときにはほとんど反応がなく、唯一反応があったのが今の山本代表幹事であったことを述べ、会則改定案審議の継続性を主張、今回の提案の正統性が主張された。しかし、この主張も、学会で公式に出されたはずの「経済地理学会組織検討委員会」答申の存在を全く無視していた。代表幹事が書いた私的な文書が、学会が公式に設置しこれが会長に行った答申よりも重要だということらしい。こうした意見が平然と出てくるところに、経済地理学会がいまや800人近い会員を抱えながら、なおそれをになう中心的な人々が学会をムラ社会的に自分の私物のように考え、あるいはそれを仲間うちで運営していこうとしている、「経済地理学会」という組織が信ずる「民主主義」の根本がにじみ出ている。

さらに山本代表幹事は、今回の改定案が提出されるにあたり、議論が噴出すると収拾がつかなくなるため、少数によって事を進めるのが合理的な場合もある、と発言し、幹事会での審議経緯を「効率」の観点から正当化しようとした。さらに、今年は役員選挙の年であり、その選挙が現行会則で行なわれる事態は避けなければならないとして、早急な会則改定の実現を繰り返し主張した。一方山川議長は、すでに発言していることを理由に、重ねて問題点をただそうとする水岡会員の発言を抑えつけた。タイムスケジュールに基づく「効率」。自由な意見表明と十分な討議に基づく民主主義は二義的。これこそ、新保守主義neo-liberalismの品質証明である。

こうして、スケジュールのみを優先し、「経済地理学会組織検討委員会」の19921219日付け答申と、今改定案の総会提出までの経緯がはらむ問題点について、実質審議は全く尽くされないまま、民主主義の立場から本来中立的でなくてはならないはずの山川議長は、代表幹事の意向をそのままのむかたちで、会則改定案の実質的内容に論点を一方的に移してしまった。




組織再編−学会の意思決定は誰がする?



今回の会則改定案の根本的な争点は、学会の意思決定を実質的に担う代議機関を会則改定案ではどの組織が担うようになるのか、という問題であった。この組織の構成員の選出が一般会員の直接の意見からかけ離れるほど、学会運営の意思決定と方向性は一般会員から切り離され、経済地理学会は、非民主的な組織へと変貌して、民主主義は大きく損なわれることになる。

この立場から水岡会員は、改定案に関し、大要次のように述べた。すなわち、「評議員は評議会を構成し、会務を審議する」とある以上、直接選挙で会員から選出される評議会こそが、学会について審議・決定を行う代議機関でなくてはならない。新会則において評議会を「会務を審議する」機関と規定している以上、評議会こそが、学会の意思決定の任を担う代議機関であるべきである。そして評議会を親機関としつつ、「常任幹事会」は子機関として「会務を遂行する」実務機関である。水岡会員は、このことの確認を求め、評議会と幹事会の役割の明確化を問うた。そして同時に、評議会の日常的な開催による意思決定機能の実質的な確保を要求した。

山本代表幹事は、この質問に「読んで字の如し」と、答えた。会則改定案を、現行会則と比較しつつ読めば、このように理解できるのだから、山本代表幹事は、この「読んで字の如き」水岡会員の解釈を認めた、ということだろうか?それならそれで、「読んで字の如し」でも悪くはない。

そこで水岡会員は、さらに確認のため、評議会の役割について代表幹事の意見を掘り下げて問いただした。すると山本代表幹事は、「評議会は、総会に提出するための議案を了承する機関である」と、今回の会則改定の本質を吐露しはじめた。では、総会に提出する議案書は誰が実際に作るのか? これが常任幹事会だとすれば、この代表幹事の発言は、一般会員の直接選挙による評議会を、常任幹事会が準備した出来合いの総会議案書にめくら判を捺すだけの組織に形骸化させようという意図であると理解できる。その職務権限を「審議する」と改定案ですら規定している評議会に、日常的な会務に関わる意思決定の権能を与えようとせず、一般会員からは極めて不透明な談合の過程でその構成員が選び出され、改定案で「会務を遂行する」と記されている実務機関である「常任幹事会」に、不当に大きな意思決定の権限を与えようとする−−こうした意図を、代表幹事は強く発言のなかににじませた。

この問題について、かつて1970年代にはマルクス主義地理学を唱導しながら、「地域構造論」の提唱を経て、いまや国土審議会委員として保守政権の代議士などに混じって開発計画策定に関わる立場に身を転じた矢田俊文会員(九州大学)が「議事進行!」と叫んで発言をはじめた。矢田氏は、「常任幹事会」・「評議会」・「総会」の順に階層が高くなって行くのであって、これを意思決定の階層の問題と考えればよい、と主張した。これは、意思決定の代議機関と実務機関の差異、直接選挙によって選ばれた組織とその談合によりメンバーが決まってしまう組織との質的差異を、外形的な「階層」一般の問題にすり替えるもので、争点の所在が曖昧になってしまう。もっとも、こうした発想は、社会関係を無視してこれを空間の階層にすべておき替えてしまう「地域構造論」の欠陥そのままの反映である。

このように、会則改定案の重要な論点のひとつでもある評議会と幹事会との関係について、総会の議論はそれなりに中身のある方向に進んで行くかに見えた。ところがここに、かつて「地域構造研究会」代表世話人を務めた北村嘉行会員(東洋大学)が立ちあがり、幹事会においてすでに水岡会員はこの問題を取り上げていたはずだから、幹事である水岡会員は幹事会提出案に反対するな、と発言をはじめた。スターリン的な「一枚岩」の幹事会を求め、幹事の中にさえ当然ありうる意見の多様性の外部への表明を認めない−−この翼賛的発想で、北村会員は、水岡会員の発言を封じ込めようとした。こうした発想は、新しい会則改定案にも重大な含意を持つ。すなわち、改定案で設置される常任幹事会メンバーは、評議会や総会に対し、一切内部の意見の差異を表明できないことになり、実質的な意思決定機関になってしまうかもしれない常任幹事会における政治過程は、まったく密室化してしまう恐れが高まったのである。北村会員のこの発言は、今回の会則改定案の本質角がはしなくも露出したものといえよう。これに対し、かつて「地域構造研究会」の中心に身を置きつつ、のちに自由な立場をとるようになった青野会員から、幹事だからといって幹事会案に反対してはいけないということはない、総会における各会員の発言権は尊重されるべきであるという趣旨の発言がなされた。この発言により、この総会における民主主義はかろうじて守られたものの、かんじんの議論は、本質から外れてしまった。

このようにして、この会則改定案が総会で審議されるのは、今回がはじめてであるにもかかわらず、改定案において提案されている諸機関がもつ性格についてほとんどまともな審議がなされないまま、議事は役員選出規定へと進んでいった。




山川議長、修正案提出を認めようとせず



このことについてまず出されたのは、支部活動の強化という会則改定案にかかわって、役員選出の際の支部所属のあり方に関してであった。居住している県により自動的に当該の支部に振り分けられるのではなく、自らの希望する支部に所属できるようにしてもらいたいという、一般会員からの会則改定に対する素朴な改善への提案であった。

これに対し山川充夫議長は、支部への所属を居住地によって自動的に決めるかそれとも自由意思によるか、という提案の本旨から議論を無理にそらそうとし、会則改定案及び役員選出規定案全体に対し賛成するのか反対するのかの意思表示を、無理に求めようとした。こうして、発言者の自由な提言を妨げてまで会則改定を通過させようとする、翼賛的な雰囲気は嵩じ、会則改定案に対する、一般会員の自由な発想に基づく議論はますます起こりにくい空気が議場に醸し出されていった。

議論は、時間の割には全く深まらないまま、議事は次第に議案採決の方向へと進んでいった。このとき議長は、代表幹事と語り合った上で、ほんらい会則改定そのものの発議方式を規定しているはずの現行会則第8条「会則の変更は、幹事会、または普通会員の5分の1以上の提案により、総会出席普通会員の3分の2以上の賛成を得なければならない」を、総会の議場で原案に対して出される修正案についても拡張しゆがめて解釈し、議場にいる会員が、改定原案に対する修正提案を出すことはできない、とする見解を主張し始めた。

これに対し青野会員は、会則第8条の規定は、会則改定の発議そのものは幹事会または普通会員の「5分の1以上の提案」によるものの、総会に出されて審議中の改定原案についての修正は、総会の審議過程として当然に認められるはずであり、議長の意見は拡大解釈である、と指摘した。この議場からの批判に対し議長は、修正は可能だが修正案そのものは出せないと述べた。では修正とは何かという問いに対して、総会でできる修正とは幹事会案に対する意見であるという、よくわからない突飛な概念を持ち出し、幹事会案は絶対であるかのような議事進行姿勢を示した。

こうして意見が二転三転する山川充夫議長の狼狽した動きにたまりかねたのか、議場から、山川議長の独断専行を批判し、会則の正しい解釈と運用を求める声があがった。ところが議長は、自らがとった態度に対する反省のないまま、突然、修正提案提出を認めると言い始めた。そこで水岡会員は議長に対し、「陳謝はないのですか」と確認すると、山川議長は憮然とした表情で繰り返し「訂正します」と答えるばかりで、会則の誤った解釈により修正案提案を阻止しようとした、自己の行為の責任を認めない姿勢をかたくなに示した。

こうした、民主主義を志向する議場の会員の努力によって、修正案を提出するという会員の当然の権利が、ようやく保障されることとなった。まず、高津斌彰会員(新潟大学)から、先ほどの支部への自由意思による所属を役員選出規定に盛り込むように修正を求める提案がなされた。議長は、修正は具体的な文言の訂正を必要とするので、具体的な修正条項の提案を高津会員に求めた。高津会員は具体的な文言の修正はこの場では用意していないとして、修正案としては取り上げられなかった。

ついで、水岡会員が、すでに印刷し用意した修正案を提出した。その内容は、主要な意思決定を担う代議機関たる常任幹事会に、一般会員による直接選挙をとり入れた上、評議会と常任幹事会の機能分担を明確化して評議会の実質意思決定機関としての機能を確保することを主眼とするものであった。だが、山川充夫議長は、この修正案について、幹事会案との争点を明確にして十分に比較審議をすすめることなく、議論を一方的に打ち切り、原案の採決に進もうとする姿勢を示した。「強行採決だ」という声が議場から上がったが、無視された。




改定案、翼賛的挙手採決へ



いよいよ採決に移ることとなり、事務のアルバイト学生・報道関係者など、会員以外の者が議場から退去を求められ、議場が閉鎖された。改めて、議場の出席者数が数えられた。

採決となり、事務方が予め用意してあった投票用紙を、委員が議場に配布し始めた。

すると、投票用紙を使って採決するつもりか、という声が、議場から聞こえてきた。このため配付しかけの用紙は回収され、山川議長が、紙による無記名投票か挙手による投票かをめぐって議場に問い掛けることになった。この議論では、無記名投票を支持する拍手が聞こえ、一度は投票用紙による無記名投票に決まりかけた。そこに、北村嘉行会員が、挙手による投票を求める意見を出した。この案に対し水岡会員は、「だれが賛成したか反対したか議場全体にわかる挙手投票は記名投票に等しく、公正な採決方式とは言えない」と意見を表明した。

結局、会則改定案と役員選出規定の採決は、挙手による投票とすることになった。会員は、その改定案賛否に関わる自己のアイデンティティを、提案者も含む全議場にあらわすことを強いられる事態となったのである。さらに、挙手採決の際、賛成、反対、保留の各票数が、出席会員総数と一致しないという混乱が生じた。このため、山川議長は再度会員に挙手を求め、採決はやり直された。これにより、会員は、議場全体の雰囲気を見た後で再度意思表明することを強いられるという、民主主義ではあってはならない事態が起こった。これについて水岡会員が議長に責任を追及したが、議長は「採決方法については議場の同意を得ている」と答えたのみであった。その際に山川議長は、予め、役員選出規定は出席会員の過半数で採決すると自ら言っておきながら、3分の2以上の賛成により可決したと述べるなど、またもや混乱した言動をみせた。議長は、「3分の2は、過半数より明かに大きい数字であるということを強調するために言った」などとといいわけし、その場を取り繕おうとした。

この間、これほどの重要審議であるにもかかわらず、竹内啓一会長は、終始無言のままであった。録音させまいとする情報管理の方向が出てきても、知らぬ顔だった。総会終了前に山本代表幹事が発言を行なったが、その中で「今回のことは水に流すのではなく、事実を事実として残したい」と述べ、さらに、本来自由が保障されているはずの学会内での会員の言論活動について、同代表幹事は、今回「経済地理学会の初心を貫く有志の会」が会員宛にアピールの手紙を送ったことをことさらに取り上げ、こうした同会の活動は「遺憾」だったと、学会内において官製的でない自主的言論活動が起こることに対し、ことさら不快感をあらわにした。




批判精神を失った批判的学会の自己責任



今回の総会において、強硬な議事進行を図ったのは、議長はもとより、会場の各所に陣取ったもと「地域構造論研究会」の主要メンバーたちである。このこと自体が、この一般会員から見て不透明な談合で構成員が選び出される常任幹事会が学会運営を独裁的に取り仕切ることになる危険性が高いこの会則の改定は、誰によるものであり、またこれから誰の意思で学会を取り仕切れるようにするためのものかを、雄弁に表象していた。経済地理学会は、こうしてますます民主主義から遠ざかり、Undemocratic and Conservative Turns への明確な第一歩を踏み出したのである。

本総会は、その学会史上前例のない3時間にわたるで強引な議事運営、そしてその結果採択された新規約がはらむ非民主的な性格、そして今後の改定規約による学会運営がもたらす学会の新保守主義や利権構造との癒着への転換の危険、などにおいて、1954年に批判的地理学の学会として創設されて以来の恥辱として、長く学会史にその事実が刻まれることとなるであろう。

もちろん、こうして学会を新保守主義の方向へと転換させる危険をはらむ会則改定を先導した、山本代表幹事や山川議長はいわずもがな、学会を統括する立場にある責任者たる竹内啓一会長が今後、今回の「会則改定」に関わる一切の事項について、その責任に知らぬ顔を決め込むことは、決してできない。沈黙は、暗黙の支持を意味する。なにより、「自己責任」が新保守主義の重要なキーワードの一つなのだから。


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