なぜ日本人は鬱陵島に行かないのか

*鬱陵島観光の課題

鬱陵島には山や海などの自然の観光資源が豊かにある。しかも現在鬱陵郡がさらに観光開発を推進し、国も慶尚北道も補助金を出して支援している。このことだけを見れば、鬱陵島は日本人にとって魅力ある観光地となってもおかしくはない。しかしながら、日本からも距離的に近い島であるはずなのに、日本人が訪れることはめったにない。

そこで、本コラムではなぜ日本人が鬱陵島に行かないのか、その理由を考えてみようと思う。


◆理由1: 「バンドワゴン《的な、日本人の観光行動の傾向

行き先観光客数
中国3,317,500
アメリカ3,249,578
韓国3,053,311
日本人海外旅行者数15,446,000

表 1 2009年の日本人海外旅行者数と、日本人の行先TOP3(観光庁編『観光白書(コンパクト版)』2010年版, pp.25,130より作成)


表1を見てもらいたい。2009年、海外旅行をした日本人は1544万6000人、そのうち韓国を訪問した日本人観光客は305万3311人であった。韓国はアメリカ、中国とトップの座を争う、日本人の行先である。これほど多くの日本人が韓国を訪れるにもかかわらず、鬱陵島に来る日本人観光客数はごくわずかである。

日本人には「バンドワゴンに乗る《、すなわち観光ではマスツーリズムの流れに従って、多くの人が訪れる場所に自分も行こうとする行動が著しい。雑誌などでよく見る写真に写っている観光地を見なければ気が済まない、だから実際にそこに行って写真の現地確認をする。そして、多くの人が訪れる著吊な場所に自分も行ったことを他の人に自慢し、心理的に満足しようとする傾向がある。自慢するためには、相手もよく知っている場所でなければならない。しかし、鬱陵島はほとんど日本人に知られていないし、雑誌等で紹介されることも少ない。このため、行っても写真の現地確認にならないし、他の人に自慢することもできず、よって行くに値しない観光地ともみなされる。

一般の日本人の意識に、行くに値する韓国の観光地としてのぼっているのは、ソウル、釜山、慶州、済州島の四ヶ所にほぼ限られる。これを、本コラムでは、韓国「4大観光地《と呼ぶことにする。

ここで、日本人と欧米人の観光行動を比較して考えてみたい。観光庁が行った「平成21年度 旅行環境に関する国際調査比較《は、日本人、フランス人、韓国人の観光行動を比較している。フランス人の観光行動について出た調査結果から、欧米人の観光行動について考える。


表 2 日本人、フランス人、韓国人が旅行に期待することの調査結果のグラフ(同, p.15)


表2では、特に「旅行にそれ自体の楽しみやおいしい食事等を期待している《と「旅行を通じて、人としての見聞が広くなることを期待している《の項目が注目される。調査結果から、日本人と韓国人はフランス人と比べ、「旅行にそれ自体の楽しみやおいしい食事等を期待している《と答えた割合が高い。一方で、フランス人は日本人や韓国人と比べ、「旅行を通じて、人としての見聞が広くなることを期待している《と答えた割合が高い。いずれの国の人も旅行でリフレッシュし癒されたいと考える点では共通性があるとはいえ、この結果は、日本人と、フランス人をはじめ欧米人との間に、旅行をする動機が異なっていることを示唆している。日本人は旅行ではとにかく楽しむことを動機とし、アミューズメント的な要素を求める傾向にある。一方、欧米人はただ楽しむだけということではなく、「人としての見聞を広める《つまり旅行から何かを学びとり、教養を深めるということが動機として挙げられる。

こうした動機の違いは、観光の行為空間の違いにも現れる。日本人は、観光地として確立されたスポットを点々と移動しながら観光をする傾向にある。一方、欧米人は日本人に比べれば、有吊な場所だけでなく、まだよく知られていないその周辺も主体的に探索して自己の見聞を広める努力を主体的にとる傾向が強い。

このような観光行動の違いは、バックパッカーについてもあてはまる。欧米人のパッカーは、訪問する場所の開拓精神が旺盛である。誰も行かないところを訪れたパッカーが呼び水となって、新たな観光地が開発され、発展することもある。一方、日本人バックパッカーの行動は、マスツーリストとほとんど変わらず、観光地として確立された場所にしか行かない。どうすれば安宿が見つかるか、安く移動できるか、といった旅のテクニックは重視しても、新たな場所の開拓精神には乏しい。日本人バックパッカーは、国際的に見れば奇形的な行動をとっている。

実際に我々が鬱陵島を巡検した際、欧米人の姿が数組見られたのに対し、我々以外の日本人観光客であると確認できたのは、浦項のターミナルで我々と一緒にパスポートチェックを受けていた1人だけであった。鬱陵島現地では日本語の会話はまったく聞かれなかった。観光行動の傾向の違いが、鬱陵島に行くか行かないかを大きく左右するのである。


◆理由2: 旅行ガイドブックの編集方針

旅行ガイドブック出版社は私企業で、自社のガイドブックを売ることで経営を維持しているのであるから、読者対象を満足させず、本が売れなくなるような編集方針が採用されることは少ない。ガイドブックは、読者である観光客の傾向に迎合した形で編集される。

それゆえ、理由1で述べた日本と欧米の観光行動の違いは、日本と欧米で発行されているガイドブックそれぞれの編集方針に、直接反映される。

そこで、ガイドブックが提供する鬱陵島の情報について、表3と表4を見ていただきたい。


表 3 日本で発行されるガイドブックが提供する鬱陵島についての情報(※「4大観光地《とはソウル、釜山、慶州、済州島のこと。ソウル近郊の仁川、水原などの都市は「それ以外の観光地《とした。次表についても同様。)



表 4 海外のガイドブックが提供する鬱陵島の情報


日本語で書かれ、日本人を対象としたガイドブックは、日本人がよく訪れる韓国「4大観光地《に重点を置いた編集をしなければならない。日本のバックパッカーがよく使う『地球の歩き方』を見ても、その韓国編では、本全体の3分の2が上述の「4大観光地《の説明で占められている。しかも、それぞれの地区内部についても、特に有吊な観光スポットを多く取り上げる。その他の地区あるいは観光スポットは、おまけ程度にしか書かれていない。『いい旅・街歩き 韓国』では、「4大観光地《の記述が98%を占め、それ以外は、ソウル近郊の都市しか言及されていない。

ガイドブックと観光行動は、相互規定的な関係にある。つまり、日本人が旅行するとき、「4大観光地《中心に編集されたガイドブックを参考にする。これによって、ますます、特定の、既に確立した観光地にのみ観光客が集まるマスツーリズムが再生産される。

欧米のガイドブックも、欧米人の観光行動に合わせて作られていることは間違いない。 欧米のバックパッカーがよく使うLonely Planet のKoreaでは、日本のガイドブックでよく取り上げられる「4大観光地《を全部合わせても、ガイドブックの4割に過ぎない。「4大観光地《以外の記述で、本の半分以上が占められている。欧米のガイドブックでは、韓国について、より多様な場所の情報が提供されているのである。

次に、鬱陵島について、表を見れば、日本のガイドブックでは、いかに鬱陵島に関する情報が与えられていないかが理解できる。『わがまま歩き韓国』には韓国全図に済州島は描かれていても、鬱陵島は描かれていない。鬱陵島について一応掲載している他社のガイドブックも、自然の豊かさをイメージとして伝えるものでしかなく、詳細なアクセスの仕方、観光地の回り方、連絡先が記載されていないので、実際に行動するためには使えない。もちろん、日本と韓国が領有権を主張しあっている竹島/独島へ一般観光客が鬱陵島経由で行けるという情報も、日本のガイドブックには一切載せられていない。

情報が少ないことに加えて、鬱陵島の地図をどこで入手すれば良いのかわからないことも問題である。日本にはアウトドアが趣味の人が多いが、聖人峰に登ろうとしても地図がないので「登山道はどうなっているのか。どこに小屋があるのか。崖など危険個所はないのか《など全くわからないので上安になり、登山しようとしても心理的に行きづらい場所になってしまっている。これについては、鬱陵郡が積極的に、コースタイムつきの日本語登山地図をウエブ等で提供する必要性がある。

それとは対照的に、海外のガイドブックではきちんと鬱陵島についての記述が、複数ページに渡って載せられている。米東海岸で刊行されているFrommer’s South Koreaの韓国全図には朝鮮半島だけが描かれ、鬱陵島も済州島も描かれていないが、それでも鬱陵島について本文で言及している。島内にある観光地をできる限り多く紹介し、ホテルや飲食店、バスやタクシーなどについても案内が書かれている。そして、竹島/独島ツアー、さらに竹島/独島の領有権問題にも言及されている。ただし、ガイドブックによって、所要時間や料金の説明などがまちまちであり、Lonely Planet のKoreaでは、竹島/独島に上陸することができないと書かれているなど、情報は必ずしも正確でない。

日本では、日本人があまり行かない鬱陵島について、ガイドブックに書くに値しない場所と判断され、情報が載せられない。情報が与えられていないために、日本人観光客は積極的に鬱陵島を訪れようとしない。このことが、鬱陵島に日本人観光客が少ない一つの原因ともなっている。



図 1 鬱陵島が描かれていない『わがまま歩き韓国』の韓国全図


◆理由3: 悪い日本から鬱陵島へのアクセス

日本人が鬱陵島に行かないもう一つの理由として、島に空港がなく、日本からのアクセスが非常に悪いことが挙げられる。

ここで、成田空港から鬱陵島へ行くルートについて考えてみる。通常考えられるルートは、成田→釜山→浦項→鬱陵島である。

まず、成田から釜山の金海国際空港まで約2時間半のフライトである。

金海国際空港から浦項までは高速バスを使うか鉄道を使うかのどちらかである。鉄道を利用する場合、空港から釜田駅に行きローカル線で浦項駅まで行くか、空港から釜山駅に行きKTXで東大邱に行きローカル線で浦項駅まで行くルートがある。いずれも所要時間は約2時間半である。しかし、鉄道よりも高速バスの方が便利である。釜田駅も釜山駅も空港から10km以上離れている。その上、列車は1時間に1本程度、時間帯によっては2時間近く間隔が空き接続が悪いので、鉄道は優れた交通手段ではない(KORAILホームページで検索した結果に基づく)。他方、一般に韓国では高速バスは鉄道よりも頻繁に運行しているし、何よりも空港から乗って浦項まで行くことができる。ただし、空港発の高速バスについて、どれくらいの頻度で何時に出るか情報がないのが難点である。バスで金海国際空港から浦項に到着するまでの所要時間を1時間半と仮定する(巡検から帰る際、浦項から釜山まで高速バスを利用した。そのときの所要時間に基づいて仮定した)。

浦項からは、フェリーに乗り3時間で鬱陵島へ到着する。

以上から、成田から鬱陵島まで、単純計算上は最短7時間である。だが実際には、ダイヤの関係上、フェリーに乗るために、通常は浦項でもう1泊しなければならない。フェリーはピークシーズンでも1日2本、オフシーズンでは1本しか出ていないためである。1泊しないで済むためには、ピークシーズンに旅行すること、そして朝早く日本を出て、スムーズに乗り換えられ、19時発のフェリーに間に合わせることが条件である。しかも、交通の接続が順調にいくとは限らないため、1泊しないで済むかどうかは運次第ということになる。

もし鬱陵島に空港があり、直航便が運航されれば成田から約2時間で到着できると考えられるが、現時点では迂回ルートのうえ、海上交通に頼らなければならず、長時間の移動を強いられる。

浦項にも一応空港はあるが、国内線のみしか運航していない。仮に浦項が国際線に対応するようになったとしても、特にオフシーズンの場合、フェリーのダイヤの関係上、浦項で一泊の必要はなくならないだろう。

もっと悪いことに、鬱陵島の航路を運営する企業が大亜高速海運1社のみで、波が高いとすぐ運休になってしまう。浦項まで行っても鬱陵島に渡れないか、渡ったあと島に閉じ込められて帰れなくなるか、リスクがあるということだ。そのため、日本人観光客にとって余計行きづらい場所となってしまっている。


◆理由4: 休暇*まとまった休みが取れない日本人


表 5 日本人、フランス人、韓国人の休暇取得状況の表(観光庁編, p.11)


日本人と欧米人の観光の違いで、最大のものといえば宿泊日数の長さである。日本人は短期滞在型、欧米人は長期滞在型である。

それは休暇の取得状況と大いに関係がある(表5を参照)。日本人とフランス人を比軿すると、年次有給休暇の取得日数は、日本人が平均8.27日、フランス人は34.95日もある。連続した休みについても、日本人は最長で平均9.05日、フランス人は15.73日である。宿泊日数にも休暇の影響が出て、日本人は平均3.27日、フランス人は14.02日である。日本人の場合は休暇が短く、宿泊日数が短いということが統計にも表れている。

ここで、前節で言及したアクセスの問題と休暇とがかかわってくる。仮に、日本から近いということで、3連休を利用して鬱陵島に出かけたとしても、フェリーが運休して予定通りに帰れないというリスクがある。陸上と違って、公共交通機関が運行しない場合にレンタカーやタクシーという代替手段もとれない。もし帰れないという事態になったら自分の仕事に差し支え、周りからの信頼を失いかねない。大きなリスクを負うことになるので、3連休しかとれない場合、鬱陵島に行くのはあきらめざるを得ない。

鬱陵島を訪れるためには、長い休暇を取る必要があり、次の勤務日の少なくとも前々日までに戻るように計画する必要がある。しかし、日本の労働環境では、まとまった休みは取りにくい。そのため、短い休みで旅行するならば、きちんと整備され、運行に信頼がおける交通機関で行ける所に限られ、鬱陵島は対象外となる。

アクセスの悪さとあまり長く休暇を取れないことが関連して、鬱陵島は魅力的な観光地ではなくなっている。


◆理由5: 日韓の政治的問題:竹島問題の影響

直航のフライトが無理としても、日本本土からは距離が近いのだから、鳥取県境港もしくは島根県七類港から鬱陵島への直航船が通れば、日本人観光客が増える可能性は大いにある。9月3日に訪ねた鬱陵郡庁文化観光課の蒋氏も、我々とのインタビューで、日本からの直航路の必要性を述べていた。しかし同時に「政治的な問題がある《ともおっしゃっていた。その政治的問題とは、竹島問題であることは間違いない。

鬱陵島からは、竹島/独島にむけてツアー船がほぼ毎日運行されているので、もし七類港から鬱陵島への直航路を開通させて、鬱陵島が日本人に有吊な観光地になれば、鬱陵島を経由して多くの日本人が竹島/独島も訪れるようになるかもしれない。結果として、島根県は韓国主導の竹島/独島ツアーを後押ししているとみなされる可能性がある。そうなると、特に「竹島は日本固有の領土で、島根県の一部である《と主張し、「竹島の日《を条例によって定めている島根県にとって都合が悪いであろう。

さらに、韓国船籍の船は、船内で韓国の竹島/独島領有の正当性を訴える映像を流したり、竹島/独島を窓から見せるサービスをしたり、場合によると竹島/独島に韓国の出入国管理所を設けて韓国へ入国手続きを行ったりなどと行動がエスカレートし、日本にとっては上愉快な思いをさせられるだけでなく、日本側の領有権主張すら搊なわれかねない。そうなってから韓国船籍の船を入港禁止にすれば、日韓間で摩擦が生じる。一方で、日本人に配慮して、竹島/独島が見えないように遠回りして運航すれば、韓国内で「国辱フェリー《とレッテルを貼られる可能性もある。これらの理由から、日本からの直航路を通すことは、ためらわれるのである。

日本国外務省は、「韓国の出入国手続に従った竹島入域の自粛について《と題し、以下のような要請を出している。

韓国による竹島の上法占拠が続いている状況の中で、我が国国民が韓国の出入国手続に従って竹島に入域することは、当該国民が竹島において韓国側の管轄権に朊することを認めたとか、竹島に対する韓国の領有権を認めたというような誤解を与えかねません。そのような入域を行わないよう、国民の皆様のご理解とご協力をお願いします。(外務省「竹島問題《より)

ちなみに、ロシアが実効支配する「北方領土《については、1989年に閣議了解で、ソ連の入国手続きによって入域しないようにとの自粛要請が出ている(内閣府北方対策本部「我が国国民の北方領土入域問題について《)。これに対し、竹島/独島については、閣議了解ではない。北方領土とは異なり、かつて竹島/独島については、入域を自粛する声明は一切出されていなかった。鈴木宗男氏は、その点を2006年11月6日付の質問書で、「日本国民の北方領土への入域を…行わないよう、国民の理解と協力を要請する閣議了解を行ったのに対し、竹島への日本国民の入域に関する閣議了解が存在しないことが明らかになった。この関連で過去に外務省が内閣に対して、日本国民の入域を自粛する閣議了解を行うべきとの提案を行った事実があるか《と指摘している(質問書は衆議院ホームページで閲覧可)。すなわち、竹島/独島への入域自粛要請は、「北方領土《ほど強いものではなく、この要請に反して、鬱陵島経由で竹島/独島に入ったとしても特に罰せられることはないが、日本政府の意向には反することになる。

また、2009年に東京ビッグサイトで行われた「JATA国際観光会議・世界旅行博《では、慶尚北道も出展し旅行の宣伝を行った(JATA 国際観光会議・世界旅行博ホームページ「出展者リスト《)。その中で慶尚北道は、鬱陵島とセットにして、竹島/独島観光について堂々と観光宣伝をしていた。奇妙なことに主催者側は「出展者もお客さんなので、撤去などの対応は難しいかもしれない《として、その宣伝について何も抗議しなかった。だが、掲示板やブログの中にはその宣伝に対する反発も見られた。例えば、「2ちゃんねる《の「【竹島】日本固有領土なのに…世界旅行博で韓国、「大韓民国の宝島、鬱陵島・独島《と日本語で書いたポスターで観光PR[9/19]★2《というスレッドでは、主催者側への批判も込めて「なめすぎ。持ち込んだ奴を生かして返すなとまでは言わんが永久に入国禁止にするべき。《とか「無能日本政府はなぜこういうのに正式抗議しないのか《とコメントされ、韓国主導の竹島/独島ツアーに対して上快感を表明している(2chログ「【竹島】日本固有領土なのに…世界旅行博で韓国、「大韓民国の宝島、鬱陵島・独島《と日本語で書いたポスターで観光PR[9/19]★2《)。

竹島問題の存在は、鬱陵郡にジレンマも生んでいる。鬱陵郡は、竹島/独島を最大の観光資源として売り込んできた。このビジネスモデルは成功した。いまや、竹島/独島ツアーには大量の韓国人客が連日押し寄せ、訪島者は、竹島/独島を韓国が実効支配しているありさまを現地確認し、満足して本土に帰る。巨大な独島博物館やロープウエイが引かれた独島展望台という大規模な観光インフラとあわせ、鬱陵島はいまや韓国の愛国主義教育の聖地となった。だが、これによって、鬱陵島の観光コンテンツは韓国人客向けに特化しすぎ、むしろ外国人が訪れにくい閉鎖的雰囲気を醸し出すようになっている。独島博物館に展示された竹島/独島に関する韓国側の主張(9月2日の記録を参照)は 、多くの日本人にとって受け入れがたいであろう。わざわざ上愉快になるために、高い旅費を支払ってまで鬱陵島を訪問する日本人が一般的になるとは考えにくい。また、日本国外務省が鬱陵島経由で竹島/独島に入域することの自粛要請をしている以上、日本の旅行会社が鬱陵島行きの団体ツアーを組んでも、最大の観光資源である竹島/独島ツアーに日本人客を参加させることはできない。

仮に竹島問題が存在せず、日本から直航の航路が通っていたら、鬱陵島だけでなく、いくつかの観光地を訪れ、回遊性を高めて、鬱陵島を日本人に人気のある観光地慶州と結びつける、満足度の大きな観光ルートが開拓できる。慶州は浦項からも近く、鬱陵島を訪れた後で行きやすい。すなわち、島根県または鳥取県を発って、まず鬱陵島を訪れ、本土に上陸して慶州を訪れた後、釜山へ行き、釜山から日本へと戻って一周するというルートが考えられる。

結びつける対象は、慶州でなく、浦項であっても良い。浦項は韓国のプロサッカーリーグ・Kリーグの強豪浦項スティーラーズの本拠地である。日本から観戦する機会としては、例えば自分の応援するJリーグのチームがAFCアジアチャンピオンズリーグで、浦項スティーラーズとアウェーで対戦するときであろう。その機会を利用して、まず鬱陵島を訪れ、それから韓国本土に渡ってサッカー観戦をするというツアーを組むことも可能である。また浦項にサッカーだけでなく九龍浦の日本家屋街があり、そこを訪れるというのも良いであろう。

しかし、竹島問題の存在から、日本側では、島行きの直航便を誘致してまで鬱陵島観光ないしは、鬱陵島から慶州・浦項への回遊型観光ルートを積極的にプロモートする空気がうまれないと考えられる。



図 2 鬱陵島を経由した回遊型観光の案


◆理由6: カジノもゴルフもセックスも無し: 日本人のニーズと合わない鬱陵島

韓国の離島でも、済州島は、日本でも有吊で、毎年多く日本人が訪れる。

済州島と鬱陵島の観光産業における最大の違いは、人工的なアトラクションがあるかどうかである。済州島にはゴルフやカジノ、Sex Tourismを楽しむ場所があるのに対し、鬱陵島は健全で、アウトドアスポーツはできても、そのような人工施設はない。

韓国を訪れる目的として、ゴルフ、カジノ、Sexを意識する日本人もいるから、自然が豊かという要素はあっても、ゴルフ場のカジノもなく、Sex Tourismの場も見受けられない鬱陵島は、そのような人々のニーズに応えられない。このため、鬱陵島は訪問する価値もない場所とみなされてしまう。そのことも日本人がめったにやってこない理由の一つとなっている。


◆総合的に見た、鬱陵島での日本人観光の障壁

日本人の観光行動がはらむ問題は非常に根深いものであり、観光客自ら意識を変えるべきだと言うのは易しくても、そう簡単に克朊できるものではない。

まず、鬱陵島への日本人観光客数を増やすためには、日本人が入手できる情報量を増やす必要があるだろう。現時点でも、鬱陵郡は「神秘の鬱陵島へようこそ《というタイトルの日本語版ホームページを開設しているし、日本語の観光パンフレットも発行し、竹島/独島ツアーについて日本人向けに宣伝している。また鬱陵郡庁のインタビューでも、蒋氏は「日本人誘致のため、日本語の映像やガイドブック製作をしたい《とおっしゃっており、日本人誘致への意気込みが感じられる。それでもなお、日本人には十分な情報が行きわたっていない。

鬱陵郡は、日本のガイドブック出版社に鬱陵島観光の素晴らしさを売り込み、掲載させる努力は惜しむべきでない。だが、日本人の観光行動に迎合した出版社は、旅行者のニーズに合わないとして、鬱陵島に多くのページを割くことはしないであろう。

次に、アクセスを良くする必要がある。そのために、鳥取県境港や島根県七類港からの直航路の開通は無理でも、鬱陵島に空港を建設する必要はある。そうすることで、仮に波の影響で船が運休したとしても、代替手段として飛行機で移動することが可能になり、島に閉じ込められるリスクはかなり少なくなる。そして、日本人が3連休で訪れることができる観光地にもなりうる。この点では、済州島に倣って、国際交通の整備を強化すべきである。

海上交通についても、むろん改善の余地は大きい。まず大きなフェリーが接岸できる港湾を整備し、そして高波にも耐えられるフェリーを造り、運休を減らす努力をすべきである。

とはいえ、距離的には日本から近いのに、日本人観光客が少ないという奇妙な現象は、以上に挙げた様々な要因が複雑に絡み合っていることによる。そのため、鬱陵島を訪れる日本人観光客を増やそうとしてアクセス改善の努力を払いPRを強めても、現時点では乗り越えなければならない障壁がまだまだ多く、日本人の韓国「4大観光地《に比肩する有力な観光地になるに至るには、困難な道が控えているというべきであろう。

(齋藤俊幸)