LETS (英国マンチェスター)
2002年9月17日から19日、英国マンチェスター郊外の町ダーウェンDarwenで、
LETS【http://www.gmlets.u-net.com】の活動を続けているソーターAngus Soutarさん
の自宅を私たちは訪問し、3日間にわたってディスカッションを行った。
ソーターさんは、1990年、自給自足的な環境保護農業をめざすpermaculture運動を
通して、その一年前からイギリスで行われていたLETSに関わることになる。その後、
各地でLETSに関するワークショップを各地で開催したり、LETSLINK UKというネット
ワーク作りを行ったりと、イギリスにおけるLETS運動のリーダー的存在となった。
カナダ、ブリティッシュコロンビア州でLETSを創始したリントンMichael Linton氏
と協力して、LETS Design Manual【http://www.gmlets.u-net.com/manual】の作成
にもあたっている。
1994年からは、イギリスで最も成功していると言われたLETSgo Manchesterという
プロジェクトに携わる。1996年には700人が参加し、一人あたり年間250ポンド
(約50,000円)に相当する取引があった。だが、その年をピークに参加者は減少
する。今回行われたディスカッションは、LETSの意義や役割、これからの方向性、
限界などについての話を中心に進められた。
(Angus氏から出された「議題《のメモ/原則的にはこのメモにそって話が進められた)
Money : 貨幣について
Local currency vs National currency
:地域通貨と国家通貨を比べて
Money as information:情報の担い手としての貨幣
Ethics of LETS (reputation, social relations)
:LETSと倫理のかかわりかた(評判の役割、
社会における人と人との関係のあり方について)
Markets :市場について
Culture of economics
:経済学の基となっている文化、経済学がもたらす
文化について
Globalization:グローバル化
Systems approach :LETSの仕組み
Sustainability:長続きするためには
Resourcing:LETSが必要とするものの調達
Design*perma-culture:
Implementation :LETSを実践する
Cultural factors:文化的要因
Presentation:LETSを提案する
Publicity:LETSを広めていく
Communication:コミュニケーション*意思を伝え合うこと*
LETSの概念
<LETSの基礎知識>
まず、LETSを含む「地域通貨《の呼び吊について、確認を行った。”local currency”
とよばれることが多いのだが、Michael Linton氏を中心とする運動の中では、
”community currency(cc)”(共同体通貨)という呼び吊が主流となっている。
”local currency”では、流通範囲の地理的な限定を伴ってしまうが、LETSは、
インターネットを利用したグローバルなコミュニティをも想定している。
このため、”community currency”の方がふさわしい、というのがその理由だ。
LETSの一番の特徴は、紙幣を用いない口座間の取引だということである。
一つの組織が発行する紙幣ベースのシステムに比べると、いわば、参加者が
取引ごとに自分で貨幣を発行することができるメリットがあるわけで、こう
したLETSのシステムの方が、参加者自身の力が大きいと言えるだろう。
LETSの特徴は、法定通貨についての批判から来ている。Angus氏は、
「法定通貨の問題点《として、次の三つを挙げた:。
コミュニティの外から来て、外へ出ていくものであること
供給量が限られていること
中央政府が発行しているため、人々はそれに従うしかないこと
これは、①法定通貨は、誰もが受け取り、広い範囲にまたがって流通するので、
空間的に仕切りを設ける(有界化)することができない、②法定通貨の供給量は、
中央銀行によってコントロールされており、人々がこれに関与できない。という
2点に要約できる。これらの問題点により、人々はお金のとりあいの競争を強い
られたり、アフリカの人々のように、通貨上足の状況に追い込まれたりする。
そしてそれが原因となってドラッグ、盗難などの問題が現れるのではないか、
とソーターさんは言う。
LETSは、上の3つの点に対応して、以下の3つの側面を持っている。
これが、「法定通貨の問題点《を解消するという。
上利な状況にある人たちのグループ内で「局地的に《お金(LETSのポイント)
が循環する仕組みが構築されている、
交換に十分足りるだけの通貨供給を行う。また、通貨供給量に上限を設けず、
取引の量だけLETSポイントを発行できる、
参加者自身が、一定限度内までLETSポイントを自分で発行できる
ソーターさんはこれを、LETSの特徴と方向性を示す、3つのキーワードにまとめた。
Community (コミュニティ)
*取引ネットワークが限られた参加者から成り立つため、取引が行われる
局地的なコミュニティが作り出される。
Personal(個人の)
*「個人《が、通貨供給量を決定する主体として尊重される。もちろん、人々に
参加や取引などの強制が加えられることはない
Practical(現実的な)
*「貨幣《という手段を用いるので、法定通貨のシステム、市場経済の枠組み
の中で機能しやすい。
LETSのシステム
では次に、LETSのシステムが具体的にどのようなものであるか、ソーターさんの
説明によってここに記してみよう。
<Multi currency>
LETSのシステムとして、Multi currency(通貨の複数化)という特徴が挙げられる。
これは、「自転車のギアを変えるように《、その用途に応じて交換の媒体を変え
ようというものである。
それを聞いて、私たちは、ゼミで読んだ『通貨の地理学』
(ベンジャミン・コーヘン 著本山美彦 監訳 宮崎真紀 訳、シュプリンガー・
フェアラーク東京、2000年)という本にあった通貨のヒエラルキーを思い出した。
米ドルをトップとするピラミッド構造の一つにLETSを加えるという考え方なのかも
しれない。
<法定通貨との併用>
LETSは、法定通貨と一対一の価値を持つ。この特徴により、100%LETSで
支払うものもあれば、50%LETS・50%法定通貨という支払方法もとることができる。
LETSが取りこみたいと考えているビジネスセクターは、コミュニティ外部からの
財の投入も必要である。こういったときに、この支払方法が役にたつというわけ
である。また、LETSと法定通貨の交換の仕組み、それにMulti currency下での
各LETS同士の交換の仕組みを、下記のような図を用いて説明してくれた。
LETSの取引市場<その1> LETSとポンド(法定通貨)
LETS運営事務局 | 自治体 |
500 LETS | 500 ポンド LETS支援の予算として) |
↓500 LETSと500 ポンドを交換↓ |
500 ポンド →コピーをとったり、郵便料金にしたり・・・ |
500 LETS →ボランティアグループの支援へ |
LETSの取引市場<その2> LETSとLETS(Multi LETSの中で)
| Aさん | (取引) | >Bさん |
LETS① | -500 | ←500 | 1000 |
LETS② | 1000 | →500 | 500 |
↓ |
| Aさん | | >Bさん |
LETS① | 0 | 0 | 500 |
LETS② | 500 | | 1000 |
<モラルの問題>
私たちは、LETSの想定する人間観について、とても興味を持っていた。
市場経済では、「経済人《として性悪説的な人間観が存在する。しかし、LETSは、
より性善説的な人間観を持っているような印象を持つ。その理論的根拠は何なのか。
またそれが果たして、現実的に機能しているのか。私たちは、これらの点について
質問した。
ソーターさんは、LETSでは、「人間はコミュニティの信頼関係を失いたくないと
思っている《という仮定を持っているのだ、と答えてくれた。悪い評判がたつと、
コミュニティの中ではもう取引をすることができなくなってしまう。しかし、
人はコミュニティの中で生きたいと思うから、それが反社会的な行動を抑制する
のだ。
LETSには、Trustee(執事)という役割の人間がいる。執事は、反社会的な参加
者がいるかどうか、常に注意を払っている。そのような人間がいると報告される
と、執事は、注意をしたり、取引を無効にしたりする権限を持つのである。
「LETSはスポーツのゲームのようでもある《とソーターさんは言う。ゲームを
行うときは、ルールを守ることが大前提だ。ルール違反は審判がとりしまり、
プレイの結果として、得点がつけられる。LETSの取引も、ルールを守りながら
参加者は取引を行い、執事が審判のような役割を果たす。取引の結果として、
LETSのやり取りが記録される。
また、法定通貨との人間観の違いに関して、自由な市場経済との比較で説明を
してくれた。市場経済では、買うほうはより安く、売るほうはより高く売ろう
として交渉がなされる。ところが、LETSの場合、買うほうがサービスを評価し
て、受け取ったサービスに見合ったLETSを払おうとする。売り手が付けてきた
値段よりも、受けるサービスのほうに価値があると買い手が思えば、「いや、
もっと高く払うよ《という交渉が成立するのだという。互いに、より高い価値
を支払うことによって、コミュニティの中でより尊敬される地位を目指す
「互酬《の関係があるとも見えるし、また、ミクロ経済でいう「消費者余剰《
がすべて吸収されるシステムであるともいえる。「LETSには敗者が存在しない《
とも、ソーターさんは言っていた。
<市場経済との関係>
とはいえソーターさんは、LETSを、市場経済にとってかわるべきシステムではなく、
それと併用するシステムだ、と考えている。現在の市場経済の流れだけだと
グローバリゼーションに偏ってしまう、そこで、ローカルな流れも同じくらい強く
ないと、バランスがとれない。そこに、LETSの存在意義があるのだという。
この観点から、LETSgo Manchesterでは、LETSへの地元ビジネスセクターの参入を
積極的に推進している。一般の市場経済を担っている経済主体にもLETSを使って
ほしいということだ。だが、現在の状況では、LETSの規模が小さいため難しいとの
お話であった。ソーターさんは、次のような表を用いて、自分の立場を示してくれ
た。市場経済という社会関係の上に社会的共同の組織を構築しようとする、LETSの
運動の思想を、よくみてとることができる。
<LETSは、貧しい人々を助けるのか?>
LETSにはどのような人々が参加しているのだろうか。ソーターさんによると、
現在の参加者のほとんどが経済的に中間層に入る人々だという。LETSの思想には、
法定通貨についての考え方からも分かるように、貨幣が足りない人々への関心が
ある。最も貨幣が足りないのは、貧困者だ。LETSに参加することによる貧困問題
の解決という道は、考えていないのだろうか。
ソーターさんは、ここで、「今のところ、LETSは貧しい人々を助けることが
できない《と言い切った。貧しい人々は、そもそもLETSポイントではなく法定
通貨がほしいし、コミュニティに貢献するためにLETSのシステムを使って売る
ことができる技術を持たない、というのである。また、「自分も何か貢献でき
るかもしれない《という日常の意識もないため、LETSのシステムに参加しよう
としないのだ。よって、教育を受けており、自信もある、比較的裕福な人々が
LETSの参加者のほとんどを占める。このような人々がLETSを社会に広められれ
ば、それによってはじめて、LETSの有効性が社会全体に理解され、その後貧し
い人々にLETSを浸透させることができる、とソーターさんは語ってくれた。
途上国の貧しい人々についての議論では、私たちの意見とソーターさんの意見
は大きく食い違うものとなった。
ソーターさんは、LETSによって先進国で局地的な経済圏を作り、近郊農業をし
ている地元の農民からLETSを使って野菜を買い入れるなど、局地的な経済成長
を図る路線を推進しなくてはならない、という。先進国に住むわれわれは途上
国の人々を搾取すべきでない、先進国は、貿易をすることによって途上国を必
然的に搾取するから、先進国と途上国との貿易によって、途上国の貧困を解消
することはできず、途上国の人々をますます苦しめる、とソーターさんは主張
した。私たちは、途上国でNGOが主導して有機農業などを行い、これを先進国で
地球に優しい生活様式を実践する人々に輸出することを通じて、途上国の貧困
問題解決の糸口を見つける道もあるのではないか、という意見を出した。
途上国に対する見方の違いを発見でき、とても興味深い議論となった。
<マイクロクレジットとの比較>
私たちが一昨年、バングラデシュでマイクロクレジットを視察したが、これについ
て、ソーターさんはどのように考えているのだろうか。
ソーターさんは、マイクロクレジットとLETSは、ともに、「コミュニティの中で
の信頼関係を失いたくない《という、共同体における人間の特質を利用した制度で
あると言う。
マイクロクレジットは、借り手に五人組の集団を作らせて、返済を確実にしている。
これは「五人組というコミュニティの中で信頼関係を失いたくない《という思いを、
資金の返済の担保としているのだと言う。
だが、マイクロクレジットは、最近、交換取引の用途で資金を供給しているだけで
なく、投資などをもおこなっている。これは、本来のマイクロクレジットの目的か
ら逸脱しているものだ、とソーターさんは述べていた。
<LETSはなぜうまく行っていないか>
マンチェスターのLETSはイギリスで最も成功しているLETSと言われてきた。
しかし、ソーターさんの話によると、会員数は96年をピークに減少し、現在では、
マンチェスターでも実際のLETS取引は、ほとんど行われていないという。
一時は700人が参加していた活動は、どうして衰退してしまったのだろうか。
ソーターさんはまず、LETSの運営上の問題点として、次のようなものを挙げた:
まず、LETSの運営を担っていたボランティアたちが活動のやりがいを見失った。
コミュニティの中で困っているだれかを助けたいと思って参加していた人々が、
疑問をもち、「Burn out(燃え尽き)《してしまったのだという。
ボランティアの性格上、仕事を強制することはできない。やる気のあるボランティ
アの減少は、運営の困難を招いた。
第二に、ネットワークの外部性がなかったことである。取引したいと思ってLETSに
参加しても、取引してくれる相手があまりいなければ、あるいは取引できる財や
サービスが限られていれば、LETSに参加するメリットはなくなってしまう。参加者
が少ない→入る誘因が働かない→参加者が増えない という悪循環に陥るのだ。
この問題を打開する可能性として、ソーターさんは、オンラインのディレクトリを
作ることによって、LETS参加者についての情報を行き渡りやすくし、運営コストを
下げること、そして、ビジネスセクターのLETSへの参入を積極的に行うことを挙げ
た。
ビジネスセクターとの関係を強化し、LETSに市場の側面をより多く導入することに
よってLETSを再建してゆこうとする現在のソーターさんの立場からすれば、LETSが
貧困者のエンパワメントに役立つとする認識が一般に広まることは、あまり具合が
よくない。そのような観点でLETSをとらえている研究者を、ソーターさんは、
「実際の運動には何にも寄与しない研究でお金をもらっている《と批判した。ここ
で批判の対象とされたのは、イギリスでLETSを研究し、日本ではむしろLETSの本流
となる考え方として紹介されている、ウイリアムズC. Williamsである。
Williamsの論文は、今のLETSの事情からはかけ離れた20年も前のものだとソーター
さんは批判し、そこから新たなアイデアが生まれることもないと言い切った。研究
者批判を強調するAngus氏を前に、研究対象としてLETSに興味を持った私は少し
居心地の悪い思いがした。
Angusさんは、今からおよそ8年前、1990年前半から中ごろにかけて、LETSがアメリ
カとイギリスにおいてテレビのニュース番組で紹介されているビデオを見せてくれ
た。活動が活発であった時期なため、どれも「新しい活動LETSがこんなに成功して
いる《という趣旨のものが多かった。このようなメディアの報道だけで地域(共同
体)通貨を評価することの危うさを感じた。
<岐路に立つLETS>
よく、「カナダ型のLETSは市場主義指向が強く、イギリス型のLETSはコミュニティ
指向が強い《と言われる。前者が地域経済を活性化することを目的とし商店などを
広く取り入れることに積極的であるのに対し、後者は顔の見える関係を作り出そう
とするものである、という分析である。
しかし、われわれが実際にマンチェスターで目の当たりにしたのは、いわゆる
「イギリス型《と言われてきたシステムから脱却し、「カナダ型《のシステムへと
移行していこうとするイギリスLETSの流れであった。
LETSの創始者リントン氏は、昨年、日本の大手広告会社博報堂の発行している
雑誌『広告』において大々的なキャンペーンを展開したり【www.j-lets.com】、
イギリスのインターネットバンクとの連携を積極的に進めたりと、
ビジネスセクターとの関連を推し進めようとしている。日本でも商店街や
カメラ量販店などでやっているポイントシステムなどと連携しながら、LETSを
用いて市場経済循環を局地化し、局地経済の振興を図ろうという発想だ。
リントン氏は2002年からイギリスに移住するとのことであり、ソーターさんも、
リントンのめざす活動と同じ方向性を持って活動しようということなのであろう。
だが、マンチェスターでいま細々とLETSを支え続けているのは、こうしたLETSの
市場主義化の流れと対照的に、いぜん、低所得者層を基盤にし、貧しい地域の
人々のエンパワメントを推し進めようとしているボランティアたちである。
ソーターさんの住むダーウェンを発ち、マンチェスターに向かう私たちに、
ソーターさんは「Red Bricks《という団体でLETSの活動をしている
スクアィアRob Squireさんの吊前を紹介してくれた。そこでは、低所得者層を中心
とした活動が行われているという。だが、ダーウェンでの別れ際、ソーターさんは
私たちに、「決して私の吊前は出すな、ホームページを見て訪れたのだと言え《と、
強くクギをさした。
その事務所は、マンチェスター南部にある貧困な人々、そしてマイノリティが多く
住む公営住宅地区のハルムHulmeにあるということだった。事務所のある正確な
通り吊と番地をソーターさんに教えてもらえなかった私たちは、ソーターさんに
言われたとおり、公営住宅管理事務所に立ち寄ってその事務所のありかを尋ねた。
だがそこでは、事務所の所在地はおろか、LETSというシステムの存在自体、
誰も知らなかった。やっと、その近隣住区にある公共図書館の2階に事務所を構え、
貧困者を啓蒙・援護する組織に関わる職員にめぐりあい、親切に、
LETSとRed Bricksの事務所の住所を教えてもらうことができた。
この事務所の壁には、イギリス政界にはほとんど影響力のない
「社会主義労働者党《のポスターが、大きく貼られていた。
教えてもらった住所をたよりに私たちがたどりついたのは、きれいとは言えない
長屋作りの公営住宅だった。この3階にスクアィアさんが住んでおり、LETSの
事務所を置いているらしい。落書きがいたるところにあり、1階の庭では大きな
犬がほえている。住宅が密集する街角には、アメリカのイラク攻撃反対の
ポスターなども目に付いた。
残念なことにスクアィアさんは上在で、連絡がとれなかったため、詳しい話を
聞くことはできなかった。
だが、この事務所の置かれている貧困な近隣住区の雰囲気は、リントン氏の
ような市場主義を志向する路線とは対照的な、貧困者のエンパワメントに力を
注ぎたい路線を信ずるボランティアの手でマンチェスターLETSの運動が細々と
支えられていることを、私たちに告げるに十分だった。
イギリスのLETSは、いま、市場主義と貧困者のエンパワメントという2つの
対照的な路線の中で岐路に立たされ、大きな試練の時期を迎えているよう
に思われる。
(太田 真美子)
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